タイ経済の柱である観光産業が、かつてない岐路に立たされている。2025年度の実績は、中国市場の失速により当初の期待を下回る結果となった。2026年度は政府主導で「4000万人」の背中を追うが、長引く円安に苦しむ日本市場、そして構造変化に直面する中国市場という「二大顧客」の変容が、微笑みの国の成長シナリオを書き換えようとしている。
中国市場:2026年は「600万人」復帰への背水の陣
2026年度に入り、タイ政府が最も注力しているのが中国市場の再興だ。タイ政府観光庁(TAT)は、2026年度の中国人観光客目標を600万〜670万人と、昨年度から約4割増という野心的な数字に設定した。
足元の2026年1〜3月期は、旧正月の「春節」商戦が奏功し、前年同期を上回るペースで推移している。TAT上海事務所などは「Zhong Tai Yi Jia Qin(中泰一家)」をスローガンに、SNSを通じた「安全・安心」の払拭と、富裕層を狙ったゴルフ・ウェルネス観光の訴求に余念がない。
日本市場:100万人の壁と「円安」の重石
日本市場は2025年度、約109万人と微増に留まった。2026年1月のアウトバウンド(日本からの海外旅行者)全体は前年比17%増と回復基調にあるが、タイへの流入は依然として「150万人(コロナ前水準)」の壁が厚い。
最大の障壁は長引く円安だ。1バーツ=4円台中盤という歴史的な水準は、日本人観光客の購買力を削いでいる。今後の回復の鍵は、地方都市への分散と「体験価値」の提供にある。観光省は、東北タイのメコン川沿い7県を対象とした「メコン・カルチュラル・ルート」プロジェクトを始動させ、バンコク一極集中からの脱却を図っている。
2026年度の見通し:地政学リスクと「質の向上」
カシコン銀行傘下の調査機関は、2026年度の総客数を約3410万人(前年比4%増)と予測する。TATの楽観的な予測(3600万〜3700万人)に対し、市場は冷静だ。中東情勢の影響で欧州便の航路変更が余儀なくされるなど、地政学的な外部要因が不透明感を強めている。
タイ政府は今後、客数という「数」の追及から、1滞在あたりの消費額を増やす「質」の向上へ舵を切る。ウェルネス、MICE、そしてスマートシティ化が進む地方都市への誘客が、2026年度のタイ経済を占う試金石となるだろう。