「デトロイト・オブ・ジ・イースト(東洋のデトロイト)」と呼ばれたタイの自動車産業が、かつてない激震に見舞われている。4月5日に閉幕した第47回バンコク国際モーターショー。12日間の開催期間中に積み上がった予約成約台数は、過去最高の13万2,951台に達した。しかし、その数字が示したのは活況以上に、長年この地を統治してきた日本車勢の「牙城の崩落」という冷徹な現実だった。
■ 「トヨタ首位」陥落の衝撃
統計が確定した瞬間、業界関係者の間に戦慄が走った。長年、不動の首位を守り続けてきたトヨタ自動車が2位(1万5,750台)に後退し、中国の比亜迪(BYD)が1万7,354台を記録して初の総合トップに躍り出たのだ。
単なる「EVブーム」の結果ではない。BYDは高級ブランド「Denza(騰勢)」を含めれば1万8,000台を超え、名実ともにタイ市場の主役に躍り出た。「これまでは『新しもの好き』がEVを買っていたが、今は実用性とコストパフォーマンスを天秤にかけた一般層が中国車を指名買いしている」。現地大手ディーラーの幹部は、消費者のマインドセットが不可逆的に変化したと分析する。

■ 「8/10」が中国勢、新興ブランドの猛追
さらに市場を驚かせたのは、トップ10の顔ぶれだ。上位10ブランドのうち、実に8社が中国系で占められた。
特に、今回が初参戦となった奇瑞汽車(チェリー)傘下の「Omoda & Jaecoo」は、いきなり1万5,088台を叩き出し、トヨタに肉薄する3位に食い込んだ。吉利汽車(ジーリー)も本格参入直後で6位にランクインするなど、先行するBYDを追う中国勢の層の厚さが浮き彫りになった。
かつて上位の常連だった三菱自動車、いすゞ自動車、マツダといった日系メーカーは軒並み圏外へ押し出された。ピックアップトラックという「最後の聖域」においても、中国勢が電動モデルを相次いで投入しており、日系ブランドの選択肢の少なさが成約数の差に直結した形だ。
| 順位 | メーカー・ブランド名 | 確定予約台数 (台) | 国籍 | 備考 |
| 1 | BYD | 17,354 | 中国 | 初の総合首位。Denza(703台)を含めると1.8万台超。 |
| 2 | トヨタ (Toyota) | 15,750 | 日本 | 前年比では微増も、中国勢の猛追を受け2位へ後退。 |
| 3 | Omoda & Jaecoo | 15,088 | 中国 | 奇瑞(Chery)傘下の新ブランド。初参戦でトップ3入り。 |
| 4 | MG | 10,537 | 中国 | EVと内燃機関車のバランス良い構成で1万台を突破。 |
| 5 | 長安汽車 (Changan) | 8,573 | 中国 | DeepalおよびNevoブランドの受注が中心。 |
| 6 | 吉利汽車 (Geely) | 7,811 | 中国 | タイ市場への本格参入直後ながら高い注目度を証明。 |
| 7 | 奇瑞汽車 (Chery) | 7,509 | 中国 | Omoda & Jaecooとは別集計。グループ合計では2.2万台。 |
| 8 | 長城汽車 (GWM) | 6,819 | 中国 | Ora Good CatやHavalなどの電動化モデルが堅調。 |
| 9 | 広州汽車 (GAC) | 6,287 | 中国 | AionブランドのEVがタクシー・商用需要も含め伸長。 |
| 10 | ホンダ (Honda) | 5,907 | 日本 | 日系2番手。e:HEV(ハイブリッド)が成約の大半。 |
■ 「4月5日」が刻んだ構造変化の分岐点
閉幕日となった4月5日は、タイの自動車史において「日本車の独占が終わり、多極化が始まった日」として記憶されるだろう。
日本勢でトップ10に踏みとどまったホンダ(10位、5,907台)も、主力のe:HEV(ハイブリッド車)で対抗しているものの、中国勢の圧倒的な物量と価格戦略の前に苦戦を強いられている。
タイ政府が掲げる「2030年までに生産の30%をZEV(ゼロエミッション車)にする」という目標に向け、中国メーカーは現地工場の稼働を加速させている。対する日本勢は、得意のハイブリッド技術でどこまで防波堤を築けるのか。
【結び】
13万台超という記録的な成約数は、タイ経済の底力を示す一方で、供給側のパワーバランスが完全に逆転したことを証明した。かつて「日本車のショールーム」とまで言われたバンコクの街並みは、今後数年で劇的にその景色を変えることになる。
日系メーカーに残された時間は少ない。「信頼性」という過去の遺産だけで戦えるフェーズは終わり、電動化を軸とした抜本的な戦略再構築が、生存のための絶対条件となっている。