
アジア初の解禁が残した教訓 規制なき市場拡大の末路
アジアで初めて大麻の使用を全面解禁したタイで、産業の急速な縮小が進んでいる。2022年の合法化から4年足らずで全国の大麻販売店7000店超が閉鎖に追い込まれ、政府は5月に医療目的のみに使用を限定する省令を相次いで官報に掲載した。かつて「グリーンラッシュ」とも称された熱狂は静かに幕を閉じ、今や市場関係者は次の一手を模索している。
バンコクの街角から消えた「グリーン」
かつて大麻販売店がひしめき、外国人旅行者でにぎわったバンコク・カオサン通りの風景は、2026年を迎えるにあたり様変わりした。緑の葉をあしらった看板は次々と撤去され、シャッターを下ろした跡地にはコンビニや雑貨店が入居しはじめている。店を閉じた元オーナーの一人は「設備投資だけで100万バーツ(約430万円)以上かけた。一夜にして市場が消えた」と語った。
タイ食品医薬品局(FDA)の集計によると、全国18,433店に上っていた大麻関連事業者のうち、ライセンスの更新期限を迎えた8,636店のうち更新申請を行ったのはわずか1,339店(約15.5%)にとどまった。残る7,297店が事実上の廃業を余儀なくされた形だ。さらに2026年中に4,587店、2027年にも5,210店がライセンス期限を迎えることから、業界の再編は今後も続く見通しだ。
4年間の「実験」が生んだひずみ
タイが大麻の全面合法化に踏み切ったのは2022年6月のことだった。政府が掲げた目的は「医療用大麻によるウェルネス経済の振興」であり、農村部での新たな換金作物として、また医療・観光産業との融合モデルとして期待を集めた。
政策を主導したのは、現在首相を務めるアヌティン・チャーンウィラクン氏だ。当時、保健相として大麻合法化を強力に推進し、地方農家や中小事業者の支持獲得にもつなげた。合法大麻市場は2024年に13億ドル(約2,000億円)超の規模に達し、2030年には71億ドルへの成長も予測されていた。
しかし制度の整備が市場の拡大に追いつかず、矛盾が表面化するのに時間はかからなかった。処方箋なしで大麻製品を購入できる環境が急速に広がり、未成年者への販売や観光客向けの「娯楽消費」が横行した。タイ保健省のデータによると、合法化後に大麻による中毒報告件数が3.5倍、依存症患者数が6.5倍、大麻誘発性精神病の患者数も著しく増加した。
官報が告げる「終わり」の始まり
転換点となったのは2025年からの段階的な再規制である。タイ官報は2026年4月30日付で「規制ハーブの研究・輸出許可に関する省令」を掲載し、大麻の花蕾(バッズ)を「規制ハーブ」に正式再分類した。購入・所持・使用には医師の診断と処方箋の提示が必須となり、処方箋なしでの所持は最大2万バーツ(約8万6000円)の罰金または禁錮刑の対象となる。
さらに5月11日付の官報には、アルコール飲料管理委員会の告示8本に加え、大麻販売許可施設を医療機関、薬局、ハーブ製品販売施設、伝統医の業務場所の4種類のみに限定する枠組みが明記された。街角のカジュアルな「ディスペンサリー」が合法的に営業できる余地は、制度上ほぼ消滅した。
パッタナー保健大臣は4月27日の記者会見で「タイは医療大麻を軸とした医療・健康経済の道を歩む」と明言。政策の方向性は完全に固まった。
産業再編と残された課題
医療特化への移行は2028年を目標とするが、既存の事業者にとって壁は高い。医師の配置や処方管理体制の整備には多額の設備投資が求められ、中小の店舗が対応できる環境にはない。業界団体は「移行期間の延長」と「小規模事業者への支援策」を政府に求めているが、具体的な支援策は未定のままだ。
一方、農業セクターへの影響も無視できない。大麻を換金作物として転作した農家は少なくなく、代替品目への再転換を迫られている地域も出ている。タイ農業・協同組合省は代替農業支援の方針を示しているが、実行性に疑問の声もある。
海外企業への対応も課題だ。合法化を見込んでタイ市場に参入したカナダや欧米の大麻関連企業は、規制転換により投資回収の見通しが立たなくなっている。一部は国際仲裁も視野に入れているとされ、タイ政府にとって外交・通商上のリスクともなりかねない。
「アジア初」が残す教訓
規制の枠組みが整わないまま市場解放を先行させた結果、産業の急膨張と急収縮という「ブームとバスト」の典型的なサイクルが4年間に凝縮された形となった。
タイの経験は、大麻政策の転換を検討するアジア各国にとって重要な参照事例となりつつある。急進的な自由化よりも段階的な制度設計の重要性を示す「反面教師」として、各国の政策立案者の関心を集めている。
バンコクのカオサン通りに残る最後の大麻ショップのオーナーはこう語る。「制度設計が最初から間違っていた。でも、医療大麻には本当の可能性がある。今度こそ正しいやり方で育てていくしかない」。熱狂の後に残されたのは、市場の残骸ではなく、制度の知恵かもしれない。
