タイ、外国人預金口座の本人確認厳格化 「中国系詐欺」掃討の影で日本人にしわ寄せ

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タイ中央銀行(BOT)が地場銀行に課した預金口座の本人確認(KYC)厳格化が、現地居住者の生活に波紋を広げている。当局の真の狙いは、巧妙化する中国系犯罪グループによる「名義貸し口座」の根絶にあるが、その余波で善意の日本人居住者が口座凍結や手続きの停滞に見舞われるケースが急増している。デジタル金融の健全化と、利便性の維持という二律背反の課題が浮き彫りになっている。

「突然の凍結」に困惑する日本人居住者

「何の前触れもなく、スーパーのレジでカードが使えなくなった」。バンコク近郊に住む日本人駐在員(45)は憤りを隠さない。銀行アプリを確認すると、パスポート情報の更新未了を理由に口座が一時凍結されていた。窓口に赴くと、これまでは不要だった「詳細な職務内容」や「給与の振込元証明」の再提出を求められたという。

特に深刻なのは、労働許可証(ワークパーミット)を持たない帯同家族や、リタイアメントビザで暮らす高齢者だ。これまで地場銀行は、初回開設時こそ厳格だったものの、その後の継続利用については比較的寛容だった。しかし、新規則下では「居住実態の証明」として、本人名義の公共料金領収書や、厳しい審査を伴う賃貸契約書の提示が求められる。

バンコクの日系不動産関係者は「日本人にとって当たり前だった『タイでのスムーズな生活』が、金融規制という壁によって脅かされている。銀行側の対応も支店ごとにバラつきがあり、現場の混乱は極めて大きい」と指摘する。

巧妙化する中国系「グレー資金」の手口

中銀がここまで強硬な姿勢を見せるのは、タイを拠点とする中国系犯罪組織による金融システムの悪用が、国家の安全保障を揺るがす規模に達したためだ。当局の分析によると、その手口は極めて組織的かつ巧妙で、以下のようなものだ。

「替え玉」による名義貸し口座(ミュール・アカウント)の量産:中国系グループは、困窮した地方のタイ人や、短期滞在の外国人学生などを抱え込み、一人につき数十個の口座を開設させる。これらの口座は、コールセンター詐欺で得た資金の「受け皿」として利用され、追跡を逃れるために数分単位で複数の口座間を資金が移動(バケツリレー)される。

デジタル詐欺と暗号資産の組み合わせ:「ロマンス詐欺」や「高利回り投資詐欺」で集めたタイバーツを、地場銀行の口座を通じて即座に暗号資産(仮想通貨)に換え、国外へ送金する。この過程で、本人確認が甘い外国人口座が「洗浄(ロンダリング)」の経由地として重宝されてきた。

「グレービジネス」の決済網:タイ国内で無許可営業を行う中国系企業が、正規の法人口座を持たず、大量の個人口座を組み合わせて数億バーツ規模の商取引を行う。これがタイの税収を損なうだけでなく、公正な競争環境を破壊していると政府は重く見ている。

    規制の「副作用」と今後の焦点

    タイ政府は2025年以降、犯罪収益の没収を強化する特別法を次々と施行しており、中銀のKYC厳格化はその中核をなす。しかし、網を広げすぎた結果、不正とは無縁の日本人を含む一般の外国人が「潜在的なリスク」と見なされる事態を招いている。

    東南アジアの経済情勢に詳しい専門家は「タイが国際的な金融ハブを目指すのであれば、ホワイトリスト(優良利用者)に対する簡素化措置と、ブラックリスト(疑わしい取引)への厳格な対処を明確に分けるべきだ」と語る。

    足元では、デジタルIDを活用した迅速な本人確認システムの導入も検討されているが、外国人のデータ連携には高い壁が残る。犯罪組織との「いたちごっこ」が続く中、タイの金融インフラが「信頼」と「使いやすさ」をいかに両立させるか。その成否は、タイに住む約6万人以上の日本人コミュニティにとっても死活問題となっている。

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