
タイ東北部ナコンラチャシマ県(通称コラート)で、約1000年前のクメール王朝時代に建造されたとみられる新たな遺跡が発見され、歴史学者や考古学者の間で大きな関心を集めている。今回の発見は、当時の物流や宗教文化を支えた主要幹線道路「王の道」のネットワークを再定義する可能性を秘めており、タイ芸術局は本格的な調査に乗り出した。
住宅開発地から突如現れた聖堂跡
発見の舞台となったのは、コラート市中心部に近いムアン郡バーンマイ地区。今月24日、民間企業による住宅造成計画に伴う掘削作業中に、地中から精緻な彫刻が施された砂岩の塊や構造物の一部が次々と露出した。現場作業員からの報告を受け、直ちにタイ芸術局第10事務所の専門家チームが派遣された。
初期調査の結果、この遺構は「プラサート」と呼ばれるクメール様式の聖堂跡であることが判明した。周囲からは、クメール王朝特有の貯水池「バライ」を思わせる地形や、生活様式を裏付ける土器の破片も多数出土している。建築様式から推測される年代は11世紀から12世紀頃、アンコール・ワットが建設された時期とも重なる最盛期の遺構とみられる。
現地では以前から「この地には古くから精霊が宿り、宝が眠る洞窟がある」という伝承が残っていた。土地所有者も歴史的重要性を鑑み、住宅開発の一時中断を決定。現在は重機による作業を止め、専門家による慎重な刷毛(はけ)を使った手作業での発掘に切り替えられている。

アンコールとピマーイを繋ぐ「ミッシングリンク」
今回の発見が重要視される背景には、クメール王朝が築いた広大なインフラ網がある。当時の首都アンコール(現在のカンボジア・シェムリアップ)から、タイ東北部最大の拠点であったピマーイ(ナコンラチャシマ県内)までは、約225キロメートルに及ぶ「王の道」と呼ばれる官道で結ばれていた。
この沿道には、旅人のための休憩所「ダーマサーラ(炎の宿)」や、医療施設である「アロカヤサーラ(療養所)」が一定の間隔で配置されていたことが知られている。今回発見されたバーンマイ地区の遺跡は、この主要幹線からわずかに外れた位置にあり、本道とは別の支線や、これまで知られていなかった地方行政拠点の存在を示唆している。
「今回の遺跡は、当時の王朝がどのように地方都市を統治し、信仰を広めていったかを紐解くミッシングリンク(欠けていた輪)になるかもしれない」。調査に当たる考古学担当官は、期待を隠さない。
文化財保護と開発の相克
一方で、今回の発見はタイ国内における急速な都市開発と文化財保護の両立という課題も浮き彫りにした。コラートは近年、バンコクからの高速鉄道整備や工業団地の拡張により、不動産開発が加速している地域である。
タイでは法律により、開発中に遺跡が発見された場合は芸術局への通報が義務付けられているが、工期の遅れや補償の問題から、発見が隠蔽されるケースも少なくない。今回のケースでは、土地所有者が自発的に調査協力を申し出たことが、歴史的遺産の散逸を防ぐ形となった。タイ政府内でも、こうした民間による協力体制を支援する制度設計を求める声が高まっている。
今後は、地磁気探査など最新の科学的手法を用いた広域調査が予定されている。遺跡の全容が解明されれば、ピマーイ遺跡公園と並ぶ新たな歴史観光資源としての活用も視野に入る。
かつて熱帯の密林を抜け、象の背に乗った使節が行き交った「王の道」。千年の時を経て再び姿を現した砂岩の聖堂は、当時の繁栄を今に伝えるとともに、現代のタイが歩むべき開発と保存のあり方を問いかけている。