
タイの食卓を半世紀にわたって支えてきた国民的即席麺「ママー(MAMA)」の生みの親が、静かにその生涯を閉じた。即席麺最大手タイ・プレジデント・フーズの会長を務めたピパット・パニアンウェート氏が死去した。87歳だった。プラチャーチャート紙が報じた。
ピパット氏は1970年代、タイにおける即席麺産業の黎明期からこの事業を切り開いた先駆者だ。「ママー」ブランドは発売以来、手頃な価格と親しみやすい味でタイ人の生活に深く浸透。今では「即席麺=ママー」と呼ばれるほどの代名詞的存在となり、国内市場で圧倒的なシェアを守り続けている。トムヤム味をはじめとするタイならではのフレーバー展開は、日本人旅行者の土産としても定番だ。
同氏の経営哲学は、徹底した品質管理と庶民目線の価格設定にあった。経済危機や洪水災害、コロナ禍といった激動のたびに、ママーは「困った時の食料」として国民に寄り添い、タイの物価動向を測る非公式な指標として「ママー指数」という言葉が生まれるほど、社会に根を下ろした。
財界からは追悼の声が相次いでいる。関係者によると、同氏は晩年まで経営の第一線に関心を持ち続け、後進の育成にも力を注いだという。5世代にわたる家族経営の礎を築き、タイ食品産業の国際化にも道を開いた功績は大きい。
タイの即席麺市場は年間200億バーツ規模とされ、ママーはその過半を握る。近年は健康志向商品や高価格帯ライン、輸出拡大にも注力しており、創業者の遺志は次世代の経営陣に引き継がれる。
一杯数バーツの麺に込められた「誰もが腹いっぱい食べられるように」という信念は、半世紀を経てもタイの台所で生き続けている。巨星は墜ちても、あの赤いパッケージが色あせることはないだろう。