「未富先老」の加速、国家の存立基盤を揺るがす
タイの少子高齢化が、想定を上回るスピードで進行している。内務省が発表した2025年の年間出生数は約41万6000人と、統計開始以来、75年ぶりの最低水準を更新した。2026年に入っても1月の出生数が前年同期比で約15%減少するなど、減少に歯止めがかからない。合計特殊出生率(TFR)は2026年中に0.8を下回る見通しで、世界最低水準にある韓国に匹敵する「人口危機」が現実味を帯びている。
2040年、総人口は7000万人割れへ
タイの人口動態は今、決定的な転換点を迎えている。死亡数が出生数を上回る「自然減」はすでに5年連続で続いており、2020年代後半には移民流入を含めた総人口も減少に転じる公算が大きい。
- 人口推計の衝撃: 国連およびタイ国家経済社会開発会議(NESDC)の最新予測では、2040年までに総人口は現在の約7160万人から6950万人規模へと落ち込む。
- 労働力人口の急減: 生産年齢人口(15〜64歳)の割合はすでにピークを過ぎ、2030年代には製造業の現場で深刻な人手不足が常態化する。
- 「未富先老」のジレンマ: 1人当たりGDPが先進国水準に達する前に、社会保障コストが膨らむ「豊かになる前に老いる」現象が、周辺諸国に先駆けてタイで顕在化している。
アヌティン政権、育児支援を「国家安全保障」と定義
この未曾有の危機に対し、アヌティン首相率いる現政権は、少子化対策を国家の最重要課題と位置づけ、抜本的な支援拡充に乗り出した。アヌティン氏は「これは単なる福祉ではなく、国家の存立に関わる安全保障問題だ」と強調する。
具体策としての「3つの加速」政策
政府は「3つの加速(3 Accelerate)」を柱とする新たな少子化対策パッケージを閣議決定した。
- 育児費用の直接給付: 低所得層に限定していた育児手当を、中間層まで含めたほぼ全世帯へ拡大。
- 保育施設の画期的拡充: 2026年4月より、認可保育園の利用料に対し、最大90%の政府補助金を支給する制度を開始した。
- 不妊治療の公的支援: 体外受精(IVF)などの高度不妊治療を公的医療保険の適用対象とし、子を望む世帯の経済的ハードルを下げた。
残された課題と「マインドセット」の壁
しかし、経済的支援だけで出生率が回復するかには懐疑的な見方も強い。バンコクなどの都市部では、生活コストの上昇や長時間労働に加え、SNSの普及に伴う「個人の自由と享楽を優先するライフスタイル」への変容が、未婚化・晩婚化の根本原因となっているとの指摘がある。
労働市場の構造改革が不可欠
製造業の現場を抱える企業にとっても、若年層の減少は死活問題だ。
- 自動化・DXの加速: 労働力不足を補うためのロボット導入への税制優遇。
- 外国人労働者の活用: 単純労働のみならず、高度人材の永住権取得要件の緩和。
タイ経済が「中所得国の罠」を突破し、持続可能な成長を維持できるか。アヌティン政権が打ち出した「育児支援」の成否は、タイという国家の将来図を決定づける試金石となる。