
サッカーワールドカップ(W杯)北中米大会の開幕を6月11日に控え、タイでの放送権交渉が大詰めを迎えている。
ラオスが8日に全104試合の無料放送権を確保した一方、タイでは決着がついておらず、東南アジア諸国連合(ASEAN)で権利を未取得なのはタイ、ミャンマー、ブルネイの3カ国のみとなった。
タイでは通信大手ジャスミン・インターナショナル(JAS)が国際サッカー連盟(FIFA)と最終段階の交渉に入っている。JASはベトナムの取得額(約1500万ドル)を基準に約4億8700万バーツへの引き下げを求めており、FIFAが提示する13億バーツ超(約4000万ドル)は商業的に成り立たないとして、条件が大幅に改善されなければ撤退も辞さない構えだ。
政府主導の交渉が決裂した後、民間に主導権が移った形だが、開幕直前まで合意の有無は不透明な情勢が続いている。
政府交渉は価格で決裂
W杯北中米大会は米国・カナダ・メキシコの3カ国共催で6月11日から7月19日まで開催される。大会の試合数拡大に伴い、FIFAは放送権料の上限を引き上げている。
タイ政府はこれまで放送権確保に動いてきた。内閣は5月12日、国家放送通信委員会(NBTC)が放送権を取得するための予算13億バーツを承認し、NBTCを主導機関として民間との調整にあたらせる方針を打ち出した。背景には、広告収入や商業スポンサーを呼び込んで公的資金への依存を減らし、国民が広く視聴できる環境を整える狙いがあった。
しかし交渉は難航した。内閣は当初、無料放送の権利確保を広報局に委ねたが、FIFAが48試合のフルパッケージを17億バーツで一括販売する条件を変えなかったため、協議は決裂した。NBTCが従来想定してきた約6億バーツの枠組みからは大きくかけ離れた水準だった。
「マスト・ハブ」廃止で民間が主導
潮目を変えたのが規制の見直しである。タイ・スポーツ庁(SAT)は、主要スポーツ大会の地上波無料放送を法的に義務付けてきた「マスト・ハブ」「マスト・キャリー」のルールが廃止されたと確認した。これにより放送権取得の責任は国家機関から市場原理へと移り、民間企業が前面に立つ構図となった。
その主役がJASである。著名なスポーツコラムニストの投稿によると、競合の通信大手トゥルー・コーポレーションが入札から撤退し、JASが本命に浮上した。JASにとって放送権取得は、170万人とされる英プレミアリーグの加入者を維持し、自社のスポーツコンテンツ事業を守るための計算された一手と分析されている。同社は地上波チャンネル「Mono29」を「Monomax Sports」に改称するなど、メディア事業の再編を進めてきた。
証券各社の見方も支援材料となっている。カシコン証券は6月2日付の分析で、JASがコンテンツ提携先と組んで部分的な放送権を取得する可能性が高いとし、必要投資額を約6億8850万バーツと見積もった。
早朝の試合時間が重荷
もっとも、商業的な採算には依然として疑問符が付く。最大の障害は時差だ。北米開催のため、タイをはじめアジア市場では多くの試合が早朝に放送されることになり、広告収入の確保が難しくなる。サッカー人気の高い市場であっても、視聴率と広告効果が読みにくい構造的な弱点がある。
過去の経緯も慎重姿勢につながっている。2022年カタール大会ではNBTCが6億バーツを拠出したものの、放送をめぐる紛争や未解決の財務問題が生じ、規制当局は今回より慎重になっている。
W杯放送権はタイで政治的・社会的な意味合いを帯びてきた経緯があり、無料視聴の確保は歴代政権が国民に約束してきた事項でもある。だが高騰した権利料の前に、国民のアクセスと商業的採算をどう両立させるかという難題が突きつけられている。一部試合を無料、その他を有料とする折衷型の配信モデルも現実的な選択肢として浮上しているが、開幕までに正式な放送事業者と放送計画が固まるかは、なお予断を許さない。
これは1か月で急速に動いた進行中の案件です。開幕(6月11日)直前のため、JASとFIFAの最終合意の有無は数日内に確定する可能性が高く、その際は最新の確報で更新することをおすすめします。