スポンサーリンク
スポンサーリンク

「ちゃぶとん」タイ全店閉店へ――16年の歴史に幕、激化する競争と市場の変容

2026年6月14日をもって、「ちゃぶ屋とんこつらぁ麺CHABUTON(ちゃぶとん)」がタイ国内の全店舗を閉鎖する。 バンコクに根ざして16年余り、在住日本人とタイ人の双方から愛されてきたこのラーメンブランドの撤退は、タイの日本食市場における一つの時代の終わりを告げるものだ。


「ちゃぶ屋」の修行時代から世界へ――ブランドの誕生

ちゃぶとんを語るうえで欠かせないのが、その生みの親であるラーメン職人・森住康二氏の軌跡だ。

修行時代、「ちゃぶ屋」と呼ばれていた若き職人は、師匠のもとで技を磨きながらも、いつか自らの理想の麺を完成させることを夢見ていた。修行の日々は決して平坦ではなかった。失敗を重ね、何度も挫折を味わいながらも、彼は「本当に辞めたい」と思ったとき、「自分はすべきことを全てやり切ったのか」と自問し続けたという。修行時代の謙虚な気持ちを忘れないために選んだ屋号――それが「ちゃぶ屋」であり、その精神はブランド名「CHABUTON(ちゃぶとん)」の中に今なお刻まれている。

2001年、森住氏は独自の麺を作り上げるべく製麺機を導入。創業の地である東京・新三河島を離れ、護国寺へと店を移転した。この決断が、その後の飛躍の礎となる。かつて「ちゃぶ屋らあめん」として一部に知られていた店は、移転後まもなくテレビ東京「TVチャンピオン」のラーメン職人選手権で優勝を果たし、一気に全国的な知名度を獲得した。

その後の展開は目覚ましかった。アメリカ・ロサンゼルスへの海外進出を経て、東京・表参道ヒルズにラーメンのコース料理を堪能できる高級業態「MIST」を出店。さらにロサンゼルスでは、アメリカのミシュランガイドに当たる飲食ガイドブックにプロデュース店が掲載されるなど、「ラーメンをハイエンドな食文化として昇華させる」という森住氏のビジョンは国際的にも評価された。こうした実績を背景に、グロービート・ジャパン株式会社との提携のもと、「ちゃぶ屋とんこつらぁ麺CHABUTON」として本格的なチェーン展開がスタートした。


バンコク・サイアムスクエアへ――2010年の海外第一歩

CHABUTONブランドとして初の海外出店となったのが、2010年3月16日にオープンしたバンコク・サイアムスクエア店だ。

場所の選定は戦略的だった。サイアムスクエアはバンコクの「新宿」かつ「原宿」とも称される流行発信地であり、飲食店・アパレル・映画館・百貨店が集積する一大商業エリア。周辺には外国人観光客だけでなく、タイの若者や富裕層も多く集まる。「ここで認められれば、タイ全土に広がる」というビジョンのもと、日本国内とほぼ同様のメニュー構成を維持しつつ、現地の需要に合わせてスモールサイズの設定やサイドメニューの追加を行うなど、きめ細かなローカライズも施された。

当時のタイでは、テレビ番組の輸入を通じてTVチャンピオンのラーメン対決が放映されており、森住氏の名はすでに一部のタイ人にとって馴染みのあるものだったとも言われる。「TVチャンピオンが手掛けた店」という箔も、現地での話題形成に一役買った。

グロービート・ジャパンはプレスリリースの中で「今後はタイ以上に、アジアでの展開を拡大していく」と意気込みを語っていた。実際、その後CHABUTONはバンコク市内の複数の商業施設へと出店を拡大。ターミナル21アソーク、セントラルラマ3、ゲートウェイエカマイ、セントラルラップラオなど、バンコク都市部の主要ショッピングモールに次々と店舗を構え、タイ在住の日本人コミュニティに欠かせない存在となっていった。


16年間支え続けたもの――タイ人と日本人をつないだ一杯

ちゃぶとんがタイで長く愛されてきた理由の一つは、「本物志向」を貫いたことにある。豚骨スープを丁寧に炊き上げたとんこつらぁ麺は、タイにおける「安くて手軽な日本食」というイメージを超え、「少し贅沢な日本食体験」として位置づけられていた。

バンコクに赴任した日本人駐在員が「ここのラーメンを食べると日本を思い出す」と語るエピソードは枚挙にいとまがない。また、日本文化に強い関心を持つタイ人の若者たちにとっても、CHABUTONはステータスある食体験の象徴だった。トリップアドバイザーやSNS上には、長年にわたり多くの好意的なレビューが積み重なっており、ブランドへの根強いファンが存在し続けた。


なぜ今、撤退なのか――構造的な逆風が重なる

しかし、16年の歴史は閉幕を迎えた。2026年5月下旬から閉店の噂が広がり始め、5月末には現地メディアがスタッフへの取材を通じて事実を確認。6月1日にはグロービート・ジャパン側による正式な発表がなされた。最終日程はゲートウェイ・エカマイ店が6月10日、セントラル・ラートプラオ店が6月14日とされている。

閉店の直接的な理由について、運営会社から詳細なコメントは出ていない。しかし、その背景には複数の構造的要因が重なっていることが見て取れる。

競合の激化は最も大きな要因の一つだ。ちゃぶとんがタイに進出した2010年と比較して、現在のバンコクのラーメン市場は様変わりした。一蘭、一風堂、豚骨マックス、各種ローカルブランドなど、多様な価格帯・コンセプトの競合店が乱立。かつて「本格日本ラーメン」の希少性があった時代は過ぎ去り、差別化が難しい環境が続いている。

タイ国内の経済的逆風も見逃せない。タイではGDP比90%を超える家計債務が深刻化しており、消費者の外食支出に対する圧力は増す一方だ。2025年1月から7月の7ヶ月間だけで、タイ国内で8,069件もの事業所が閉鎖に追い込まれたとの統計もあり、外食産業全体が厳しい環境に置かれている。ちゃぶとんだけでなく、日系外食チェーンによるタイからの撤退はここ数年で相次いでおり、「天丼てんや」も2025年8月末にタイ全店を閉鎖したばかりだ。

加えて、ショッピングモール依存型ビジネスの限界も指摘できる。バンコク都市部の主要モールに出店するビジネスモデルは、テナント料の高騰や集客構造の変化に直接さらされる。コロナ禍以降の消費行動の変容やフードデリバリーサービスの普及が、従来のモール内飲食店の収益構造を根本から揺るがしており、こうした環境変化への適応を迫られたことは想像に難くない。


一つの時代の終わりに

「ちゃぶ屋」という修行の原点を忘れまいとつけた名を冠したブランドが、タイの地で16年間積み上げてきたものは決して小さくない。バンコクに「本格とんこつラーメン」という文化を根付かせ、多くの在留邦人の”ふるさとの味”として機能し続けた功績は、閉店後も語り継がれるだろう。

同時に、このニュースはタイにおける日系フードビジネスの難しさを改めて浮き彫りにしている。急成長する市場への期待と、競争激化・経済変動・消費者行動の変容という現実のギャップ。ちゃぶとんの撤退は、その縮図として受け止めることができる。

6月14日、セントラルラップラオ店で最後の一杯が提供される。バンコクの片隅で、ひっそりと、しかし確かに、一つの時代に幕が下りる。

タイトルとURLをコピーしました