
タイ南部を横断し、アンダマン海とタイ湾を陸路でつなぐ——。約20年間、政権が代わるたびに蘇ってきた「ランドブリッジ構想」に、ついに終止符が打たれた。
7月24日、財務相のエーカニット氏が率いる3つの作業部会が記者会見を開き、ランドブリッジ計画を白紙に戻す方針を発表した。理由は明快だった。投資として成立しない、というものだ。
NPVは数百億バーツのマイナス
作業部会が示した試算によれば、この計画の正味現在価値(NPV)は数百億バーツ規模のマイナスとなる。つまり、投じた資金を事業収益で回収できないという結論だ。加えて、ラノーン県の生物圏保護区(バイオスフィア・リザーブ)に与える環境負荷が極めて高いことも、中止判断の決め手となった。
「20年間、何度も検討されてきた計画です。今回は地政学的な要素、環境影響、そして経済的な採算性を全部並べて評価しました。その結果が、この数字です」。エーカニット氏はそう説明した。
ランドブリッジ構想は、マレー半島の付け根を横断する鉄道と道路、そして両端に深水港を整備し、マラッカ海峡を迂回する物流ルートを作るというものだった。総事業費は1兆バーツ規模とされ、中国や中東の投資家の関心を集めた時期もあった。
代替案は「ラノーン鉄道ミッシングリンク」
計画を完全に葬るわけではない。エーカニット氏は代替策として、「ラノーン鉄道ミッシングリンク」の整備を挙げた。既存の鉄道網からラノーン港までの未接続区間をつなぐ、規模を大幅に絞ったプロジェクトだ。巨大港湾の新設を伴わないため、投資額も環境負荷も桁違いに小さい。
この方針転換は、タイの大型インフラ政策の潮目を示している。これまでタイは、東部経済回廊(EEC)や高速鉄道3空港連結事業など、大規模プロジェクトを次々と打ち出してきた。だが高速鉄道事業では民間側の撤退騒動が起き、EECも投資誘致の実績が当初計画を下回っている。
「夢」から「採算」へ
政界からは早くも賛否の声が上がっている。南部選出議員の一部は地域振興の機会喪失を惜しむ一方、野党側は以前から「EECの二の舞になる」と警告してきた経緯がある。上院では、計画の是非を国民投票で問うべきだという提案まで出ていた。
結果的に、投票を待つまでもなく数字が答えを出した形だ。ある経済アナリストはこう評する。「NPVがマイナスの案件を政治的な理由で押し通さなかったこと自体は、健全な判断です。問題は、20年もかけてこの結論に至ったコストのほうでしょう」
マラッカ海峡を迂回する夢は、少なくとも当面は棚上げとなった。タイの物流戦略は、より現実的な規模へと舵を切る。