
現場に踏み込んだ消防隊員が、次々とその場に崩れ落ちた。うち1人は胸を押さえ、口から血を吐いた――。7月31日、ノンタブリー県ムアン郡バーンクラーン地区で起きた倉庫火災は、ただの火事では終わらなかった。
火の手が上がったのは、バーンクルワイ〜サイノーイ通り沿い、チャオプラヤー市場にほど近い揚水ポンプ・部品・園芸工具の販売会社。バーンシームアン警察署のウォラウット・プットチム警部補(捜査担当副署長)が通報を受けたのは同日のことだった。現場はコンクリート造2階建ての倉庫で、間口約12メートル、奥行きは30〜40メートル。炎はすでに建物全体を包み込んでいた。
「中に何が入っているのか、誰も知らなかった」
バーンクラーン市、バーンシームアン市、バーンレーン市、ノンタブリー市――近隣自治体から消防車数十台が駆けつけた。ところが放水を始めた直後、異変が起きる。倉庫内に何の化学物質が保管されているのか、誰も把握していなかったのだ。
「煙を吸った瞬間、頭がふらついた。あれは普通の煙じゃない」。隊員の1人はそう振り返る。複数の隊員がその場で意識を失い、いったん全員が後退を余儀なくされた。代わって投入されたのが、呼吸器と酸素ボンベを装備した専門の突入班である。
だが今度は建物が「ミシッ」と不気味な音を立てた。崩落の恐れあり――現場指揮官は即座に全隊員へ建物から離れるよう指示を出した。
37歳の隊員が搬送、意識不明の重体は免れる
放水開始から約1時間半。ようやく火勢は制圧された。しかしその直後、バーンパイ市消防隊のタワッチャイさん(37)が胸の圧迫感と呼吸困難を訴え、口から血を吐いた。直ちにバムラートナラドゥーン病院へ搬送されている。
工場のオーナーは取材にこう語った。「燃えたのは作業員用の部屋で、中には荷物と段ボール箱を置いていた。火が出たとき、中に人はいなかった」。さらに「損害額はまだ算定できない。見た限りでは工場の構造部分が中心で、社としては在庫を置いていなかった」と説明。火災保険には加入済みだという。
SNSでは危険な労働環境への怒りが噴き出した。「消防士が命がけで突っ込むのに、中身が分からないなんて有り得ない」「化学物質を置くなら申告が義務だろう」「タワッチャイさんの回復を祈ります」――そんな声が並ぶ。
警察は鑑識と連携し、熱が下がり次第、出火原因の特定に乗り出す。現場一帯は危険区域として立ち入り禁止に指定された。ボヤ1件で英雄が血を吐く国。守るべきは建物ではなく、突っ込んでいく人間のほうではないのか。