前編では第10位から第6位まで、タイ全土で語り継がれる怪異たちを紹介した。
足を引っ張る水死者の霊、バナナの木に宿る美女、夜空を飛ぶ黒魔術師の成れの果て——どれもタイ人にとっては「おばあちゃんに聞かされた話」レベルの定番だが、これらはまだ”前座”に過ぎない。後編となる本稿でいよいよ発表するベスト5は、単なる言い伝えを超え、映画化・グッズ化・信仰の対象化まで果たしている”国民的”怪異ばかりだ。中には今この瞬間も、タイ全土の家庭に”実在”しているとされる怪異すらいる。腹を括って読み進めてほしい。
第5位 ナーンタキアン(นางตะเคียน)——巨木に宿り、宝くじの番号を告げる精霊

タイの寺院や旧家の庭先で、太い注連縄のような布(パーサバイ)を幾重にも巻きつけられた巨木を見たことはないだろうか。あれは観賞用の装飾ではない。タキアン(ホペア)という高木、特に樹齢を重ねた個体やいびつな瘤(こぶ)を持つ木には、美しい女性の精霊「ナーンタキアン」が宿ると信じられている。かつてこの巨木を切り倒して舟や建材に使う際には、必ず僧侶や霊媒師を呼んで”住人”に立ち退きを乞う儀式が必要とされた。それを怠ったまま伐採・加工した木材や船が、原因不明の事故を連発するという話は、タイの木材業界では今も”あるある”として語られている。
恐ろしいだけの存在ではないのがタイ怪談の面白いところで、ナーンタキアンはしばしば篤い信仰の対象になる。木の根元に赤いソーダやゆで卵、花輪を供え、樹皮ににじむシミや虫食いの跡を「数字」に見立てて宝くじの当選番号を”お願い”する人々の姿は、バンコク近郊でもごく普通に見られる光景だ。畏怖と現世利益への期待——このアンビバレンスこそが、この精霊が長く生き延びてきた理由だろう。
第4位 クマーントーン(กุมารทอง)——タイ最大級の叙事詩が生んだ”わが子”の護符

タイの国民的叙事詩『クンチャーン・クンペーン』に登場するこのエピソードを知らないタイ人はまずいない。主人公クンペーンの妻ブアクリーが身重のまま非業の死を遂げた際、クンペーンは胎児の亡骸を掘り起こし、呪文を唱えながら火であぶって焼き固め、守護霊として宿らせたうえで金箔を貼った——これが「黄金の子」を意味するクマーントーンの起源とされる。
現代では実際の遺体を用いることはなく、寺院や高僧が祈祷を施した木像・樹脂像として授与される護符の一種として広く流通しているが、その”扱い方”は今も伝説当時のまま。持ち主は人形を単なるお守りではなく”わが子”として扱わねばならないとされ、毎日食事や玩具、赤い炭酸飲料を供え、話しかけ、時には旅行にまで連れて行く。真面目に世話をすれば商売繁盛や危険からの回避といったご利益をもたらす一方、粗末に扱うと機嫌を損ね祟るとも言われ、タイの怪奇映画では定番中の定番モチーフとして繰り返し映像化されてきた。
第3位 ピーポープ(ผีปอบ)——”憑く”タイプの恐怖、村ぐるみの祓いが今も現役

ここからはガチンコの上位陣。第3位は、特に東北部イサーン地方を中心に今なお強い実在感を保っているピーポープだ。特徴は「モノ」ではなく「ヒト」に取り憑くタイプの怪異である点。魔術の師から受け継いだ呪術(ウィチャー)の戒律を破った者、あるいは呪いを受けた者に憑依するとされ、憑かれた人間は生の内臓を貪り食う衝動に駆られるという、かなり生々しい伝承が残る。
驚くべきは、これが単なる”大昔の迷信”では終わっていないことだ。今日でもイサーンの村落では、家畜の内臓が食い荒らされる、村人が原因不明の錯乱状態に陥るといった出来事が起きると、村総出で「モーピー(呪術師・拝み屋)」を呼び、太鼓や呪文、塩や唐辛子を燃やす煙を使って”ポープ祓い”の儀式を執り行うことがある。タイの地方紙やテレビが、実際にこうした祓いの儀式を取材・報道するケースも珍しくなく、都市生活者からすれば都市伝説めいて聞こえるこの怪異が、地方では今も”現在進行形の脅威”として扱われている点こそが、タイ怪談の奥深さを物語っている。
第2位 クラスー(กระสือ)——首から下がない”浮遊する頭部”

いよいよベスト3。第2位は、タイ怪談のアイコンと言っても過言ではないクラスーだ。見た目のインパクトは他の追随を許さない。夜になると女性の頭部だけが胴体を離れ、肺や胃、腸といった内臓をぶら下げたまま青白く発光しながら宙を漂う——この禍々しいビジュアルは、タイのみならずカンボジア(アアプ)、ラオス(カスー)、マレーシア(ペナンガラン)、フィリピン(マナナンガル)など東南アジア一帯に共通した怪異として語り継がれている。
クラスーは生肉や血、時には妊婦の胎盤や排泄物といった不浄なものを好んで漁るとされ、農村部では家の周囲に棘のある植物(トゲトゲした枝葉)を巡らせて侵入を防ぐ、あるいは針を撒いて「クラスーが夜通し針を数えるのに気を取られている間に朝を迎える」といった、実践的(?)な対抗策まで伝わっている。正体は生前、黒魔術に手を出し失敗した女性だとされ、日中は何食わぬ顔で人間として暮らしているというから恐ろしい。あなたの近所のあの人が——というゾッとする”日常への侵食度”こそが、クラスーが長年トップクラスの知名度を誇る理由だろう。
第1位 メーナーク・プラカノーン(แม่นาคพระโขนง)——タイ怪談界、不動の”国民的ヒロイン”

そして栄えある第1位。タイ人に「幽霊といえば?」と聞いて、この名前が出てこないことはまずあり得ない。舞台はバンコク東部、プラカノーン地区(現在のオンヌット、スクンビット通り77区画付近)。時代設定には諸説あるが、19世紀後半、ラーマ4世〜5世の治世が有力とされる。夫マークが徴兵されて戦地へ赴いている間、妻ナークは身重のまま出産の際に命を落としてしまう。ところが帰還したマークの前に現れたのは、何食わぬ顔で赤子をあやす”生前と変わらぬ”ナークの姿だった。
異変に気づいたのは近隣住民の方が先だった。ナークが高床式の家の下から異様に長く伸びる腕でレモンを拾い上げる姿、あるいは井戸の底から響く赤ん坊の泣き声——真実を知った村人たちは命がけでマークに告げ口をし、真相を知ったマークは家から逃走。怒り狂ったナークの霊は村中を追い回し、多くの死傷者を出したと伝えられる。最終的に彼女を鎮めたのは高名な僧侶だったとされ、その正体については実在した高僧ソムデット・プラ・プッタチャーン(ト)であるという説が特に有名だが、史実としては議論が分かれるところだ。ナークの頭蓋骨の一部(前頭骨)は封印の証として持ち去られたとも伝わり、その”現物”を巡る噂は今なお尽きない。
以上、前編・後編にわたってお届けした「タイ最恐怪談ランキングTOP10」、いかがだっただろうか。バンコクの高層コンドミニアムにも、田舎の水田の畦道にも、タイにはいたるところに”見えないもの”の気配が息づいている。もしタイを訪れる機会があれば、道端の小さな祠に手を合わせている地元の人の姿を、少しだけ意識して見てみてほしい。そこには、あなたがまだ知らない物語が眠っているかもしれない。