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タイ・ナコンパトムで30年物の「秘伝の壺」が消えた夜、屋台店主が犯人にかけた一言

盗まれたのは、現金でも金でもなかった。プララー(タイ式の魚の塩辛)を漬け込んだ、30年以上使い込んだ素焼きの壺である。タイ中部ナコンパトム県ムアン郡のラタナティベート通りソイ18。青パパイヤのサラダ「ソムタム」の屋台を営む55歳の女性が、真夜中に狙われた。

被害に遭ったのはブンティアン・ケオネットさん(55)。2026年8月24日午前2時15分ごろ、黒い服を着た30〜35歳とみられるタイ人らしき男2人がバイクで乗りつけ、屋台の下に置いてあった品々を次々と持ち去った。防犯カメラには、2人が慣れた手つきで荷物をまとめ、暗がりへ消えていく様子が写っていた。

消えたのは、プララーの壺、唐辛子、塩、木炭、そして各種の調味料。売れば金になるものは、一つもない。

祖母の故郷から抱えてきた壺だった

「唐辛子も塩も、また買えばいい。でも、あの壺だけは返してほしい」。ブンティアンさんはそう繰り返した。

壺は、彼女が30年以上前に祖母の故郷から抱えて運んできたものだった。イサーン(東北部)の家庭にとって、プララーの壺は一代で使い切る道具ではない。長く漬け込むほど味が深まると信じられ、母から娘へ受け継がれることも珍しくない。壺の年季が、その家の味を決めるとされる。

「中身の魚は差し上げます。全部持っていっていい。だから壺だけ、どこかに置いていってくれませんか」。彼女は犯人に向けて、そう呼びかけた。屋台の売り上げは1日数百バーツ。壺を買い直すこと自体は難しくない。だが30年分の漬け込みは、金では戻らない。

これで4回目の被害

近隣住民によれば、この屋台が狙われたのは今回が4回目だという。「前は鍋が消えた。その前は木炭ごと持っていかれた。ここらは夜になると人通りが途絶えるから」。近くに住む男性はそう話した。

ラタナティベート警察分署は防犯カメラの映像を回収し、2人組の逃走ルートを追っている。捜査関係者は「被害額そのものは大きくないが、同じ場所が繰り返し狙われている。常習犯の可能性が高い」として、周辺で相次ぐ同種の被害との関連を調べている。

SNS上では、この珍しすぎる盗品に驚きと同情の書き込みが並んだ。「プララーの壺を盗む泥棒は初めて見た」「30年物なら、そのへんの高級ワインより価値がある」「壺だけ返してあげてほしい。中身は許すと言っているんだから」といった趣旨の投稿が、フェイスブックやX上で相次いだ。

タイでは、プララーは家庭の味そのものだ。店ごとの「秘伝」は壺に宿るとされ、常連客は「あの屋台の味」を壺ごと信頼している。つまり犯人は、調味料を盗んだのではない。この屋台の看板そのものを運び出したことになる。

金庫を破るでもなく、バイクを盗むでもなく、わざわざ魚の塩辛の壺を選んで持ち去る。タイの泥棒の狙いどころは、時々、日本人の想像の斜め上を行く。

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