タイ南部サムットサーコーン県クラトゥムバーン郡オムノイ地区の一角に、ゴム製品会社を含む3社を構える中国人の男がいた。表向きは実業家として静かに暮らしていたが、正体は中国当局が10年以上追い続けてきた指名手配犯だった。9月16日、タイの警察当局が身柄を確保した。
男は中国名リー氏を名乗る一方、ミャンマー国籍の「ミョー」という別人格でも活動していたとされる。中国では国家プロジェクトを巡る汚職を助けた容疑がかけられており、発覚を逃れるためタイに渡って身を潜めてきたとみられる。
息子にタイ国籍、600万バーツの企業を運営
捜査を担当した幹部は「本人だけでなく、息子にもタイの身分証を取得させ、表の経営者として3社のダミー企業を動かしていた点が極めて悪質だ」と指摘した。息子は中国国籍の名義とタイの身分証を使い分け、ゴム関連会社などを経営していたという。一家が築いた資産は総額およそ6億バーツにのぼるとみられている。
捜査幹部は「タイの登録制度の隙を突かれた形であり、国家安全保障上の脅威と受け止めている」と述べ、「国際手配犯を国内に長期潜伏させないよう、身分証発行の審査体制を見直す」と強調した。あわせて、この一家を巡っては女性への暴行や恐喝、強盗といった余罪の可能性についても調べが進められている。
近隣は「物静かな実業家」と認識
オムノイ地区の住民の間では、男は「物静かで、あいさつはするが深い付き合いはない実業家」として知られていたという。10年にわたり地域に溶け込んでいた人物が国際手配犯だったという事実に、地元では驚きの声が広がっている。SNS上でも「タイの身分証がこんなに簡単に外国人に渡ってしまうのか」「隠れ蓑の会社を3つも回していたとは相当に周到だ」「6億バーツもの資産をどう追跡し没収するのか注目したい」といった趣旨の投稿が並んだ。
当局は今後、押収した資産の没収手続きを進めるとともに、息子を含む関係者の法的立場についても精査するとしている。国境を越えて身分を偽り資産を築く手口は近年のタイで後を絶たず、今回の摘発は制度の穴を改めて浮き彫りにした形だ。
タイと中国、身柄引き渡し協議へ
今回の身柄確保を受け、タイ当局は中国側の関係機関と身柄引き渡しに向けた協議を開始する見通しだ。捜査幹部は「本人の供述と資産の実態解明を優先し、その後に国際手続きへ進む」と説明している。地元オムノイ地区の商店主は「この10年、税金もきちんと払う模範的な取引先だと思っていた」と複雑な表情を見せ、地域社会に溶け込んだ潜伏犯の存在があらためて衝撃を広げている。