バンコクの路上から日本車が静かに消えていく――。2025年、タイのEV(100%電気自動車)新規登録台数は12万2128台、前年比プラス74.1%という空前の爆売れを記録した。新車の4台に1台がEVという異常事態。しかもトップ10のうち9車種が中国車だ。かつて「日本車のシェア9割」を誇ったほほ笑みの国で、いま何が起きているのか。現地の販売データから”地殻変動”の実態を追った。

4台に1台がEV。バンコクはもう「中国車の海」
タイ陸運局の統計によれば、2025年のBEV新規登録は12万2128台。乗用車全体(51万62台)の23.9%を占め、過去最高を更新した。前年(7万137台)から一気に5万台以上の上積みである。
「ガソリン代が高すぎて、もうEV一択ですよ。充電なら月の”燃料代”が3分の1になる」(バンコク在住・40代タイ人会社員)
タイ政府のEV補助金と物品税減免、そして中国メーカーの現地工場ラッシュ。この三拍子が揃った結果、街の景色は一変した。GrabのドライバーもコンドミニアムのカーポートもBYDだらけ。「トヨタしか勝たん」だったはずの国で、だ。
2025年 タイEV販売ランキング ベスト10(新規登録台数)
第1位 BYD ドルフィン(1万2435台/シェア10.2%) 2年連続の王者はまさかの”イルカ”。日本円で約250万円からという価格破壊コンパクト。「安い、広い、壊れない(今のところ)」の三拍子で、タイの庶民の足を完全掌握。街を泳ぐイルカの大群は、もはや社会現象だ。
第2位 MG4 エレクトリック(1万770台) 英国ブランドの皮を被った上海汽車の刺客。値引き合戦の急先鋒で、「新車がこの値段でいいの?」と客が二度見する価格設定。王者ドルフィンに1665台差まで迫った。
第3位 BYD シーライオン7(8372台) テスラ・モデルYを露骨に狙い撃ちした”アシカ”SUV。モデルYの半額級の価格で同等の装備をぶち込み、テスラ検討層を根こそぎ強奪。BYDの海洋生物シリーズ、恐るべし。
第4位 BYD アット3(7962台) タイEVブームの火付け役も、まだまだ現役。発売から3年を経てもトップ5に踏みとどまる息の長さは、中国車への「すぐ壊れる」偏見を覆しつつある証左か。
第5位 GWM オラ グッドキャット(5946台) 丸目レトロ顔の”良い猫”。女性人気が異常に高く、バンコクのオシャレエリアでの遭遇率はプリウス並み。イルカ、アシカ、猫。タイのEV市場は動物園状態である。
第6位 ジャエクー5 EV(5626台) 奇瑞汽車(チェリー)傘下の新興ブランドがいきなりトップ10に殴り込み。タイ人の9割が1年前まで名前も知らなかったブランドが、である。中国勢の物量攻勢、底なし。
第7位 ディーパル S07(4516台) 長安汽車のスマート系SUV。ファーウェイのシステムを積んだ”走るスマホ”で、ガジェット好きの若年層を吸引中。
第8位 GACアイオン V(4089台) 広州汽車の主力SUV。配車アプリのドライバー御用達で、「乗ったことないタイ人はいない」レベルの浸透ぶり。
第9位 GACアイオン UT(3730台) 同じくアイオンのコンパクト。兄弟揃ってのランクインで、広州汽車のタイ現地生産戦略がガッチリ機能している。
第10位 テスラ モデルY(3460台) 唯一の非中国勢がイーロンのテスラという皮肉。かつての憧れブランドも、半額の中国SUV軍団の前に10位が精一杯。米中EV戦争、タイ戦線では中国の圧勝だ。
日本車、まさかの「圏外」
お気づきだろうか。トップ10どころかトップ20にも、日本メーカーのEVは1台もいない。トヨタ、ホンダ、日産――ガソリン車とハイブリッドでは今も強いが、EVという新戦場では完全に蚊帳の外だ。
「日本メーカーは『タイ人はまだEVを買わない』と読み違えた。その隙に中国勢が工場を建て、販売網を作り、値下げ爆弾を落とした。気づいたときには市場の9割を持っていかれていた」(現地自動車業界関係者)
とはいえ、中国勢も無傷ではない。過当競争による値崩れで撤退の噂が絶えないブランドもあり、投げ売り→中古価格暴落→ユーザー阿鼻叫喚という地獄のループも回り始めている。
2026年、戦争はさらにエグくなる
タイ政府の補助金制度は現地生産義務とセットであり、中国各社はタイ工場をフル稼働させる必要に迫られている。つまり、さらなる物量と値下げの雨が降るということだ。
EV比率25%が目前に迫るタイ市場。ドルフィンの3連覇か、MG4の下剋上か、それとも日本勢の逆襲はあるのか。ほほ笑みの国のEV戦争から、ますます目が離せない。