
存在しない父親を、書類の上でだけ作り出す。タイ語でそれを「パー・ティップ」——幻の父と呼ぶ。中国籍の子どもをタイ人の子として登録させる偽出生証明書グループの摘発で、7月25日、刑事裁判所が判断を下した。3人は保釈、1人はその日から刑務所である。
タイ人男性が「父親役」を引き受ける仕組み
摘発されたのは、偽の出生証明書(สูติบัตร)を使って中国籍の子どもにタイ国籍を取得させていたグループ。バンコク都、内務省地方行政局、警察の合同チームが7月23日から一斉捜査に入り、容疑者4人の身柄を確保した。
手口はこうだ。タイ人男性が「この子は自分の子である」と申し立て、役所に出生届を出す。母親は中国籍。書類上は「タイ人の父と外国人の母の子」となり、子どもはタイ国籍を得る。実際には血縁など一切ない。父親役の男性には報酬が支払われていたとみられる。
容疑者4人の氏名・年齢は公表されていない。国籍についても、当局は「捜査中」として明らかにしていない。
「書類を1枚めくれば分かる話ではないんです。役所の窓口では、申し立てを覆す材料がない」(捜査関係者)
警察は保釈に猛反対したが
7月25日、パトゥムターニー方面の警察は4人の勾留を請求。同時に「保釈に反対する」と裁判所に強く申し立てた。逃亡と証拠隠滅の恐れが極めて高いという判断である。
だが刑事裁判所の結論は分かれた。3人については保釈を認め、条件として国外への出国を禁止。残る1人は保釈申請そのものを行わず、その日のうちに収監された。
「なぜ全員を留め置かないのか。国籍の話ですよ、一度取られたら取り返せない」(捜査関係者)
「タイ国籍が商品になっている」SNSは激怒
この摘発報道に、タイのネットは沸騰した。中国系資本による不動産のノミニー(名義貸し)問題、コールセンター詐欺の拠点移転問題と重なり、国民感情はいま極めて敏感になっている。
・「タイのパスポートが売り物にされてる。これが一番腹立つ」(Facebook)
・「父親役を引き受けたタイ人も同罪でしょ。いくらもらったんだ」(X)
・「役所の中に協力者がいないと成立しない手口だと思う」(Facebook)
・「保釈された3人、絶対に消えるって」(Facebook)
バンコク都は「制度の穴」を認める
バンコク都、地方行政局、警察の3者は7月23日から共同で、偽出生証明書のネットワーク一掃に乗り出している。出生届の受理段階でDNA鑑定や医療機関の記録照会を義務づける方向で、制度の見直しが検討されているという。
「今の手続きは、善意の申告を前提に組まれています。悪意の申告を弾く設計になっていない。そこが穴です」(行政担当者)
タイでは今年に入り、外国人ノミニー企業の一斉摘発、地方公務員試験の不正、福祉カードの偽装貧困者問題と、「書類の上で身分を作る」タイプの不正が次々と表面化している。
存在しない父親が、実在する国籍を生み出す。書類仕事の国の、書類仕事による事件だ。