
「お母さん、これ買っておいて」。娘を名乗るフェイスブックのメッセージに、900人を超える母親がQRコードで送金した。タイ警察は、その受け皿となった銀行口座の名義人である28歳の男を、バンコク・サイマイのバスターミナルで捕まえた。
逮捕されたのはサノン容疑者(28)。タイ南部サトゥーン県の出身のタイ人だ。長距離バスの発着するサイマイのターミナルで身柄を押さえられた。
「娘」からのメッセージ、最初の被害額は4699.99バーツ
手口は単純だった。実在する娘の写真とプロフィルを流用した偽アカウントを作り、母親に個別メッセージを送る。商品の購入代金が必要だと訴え、QRコードを送りつけて振り込ませる。送金した母親が実の娘に確認して初めて、そんな依頼をした覚えはないと分かる、という流れだ。
被害届の第1号となった女性の送金額は4699.99バーツ。端数まで指定するあたりに、いかにも本物らしい生活感がにじむ。警察の集計では、この口座を経由した取引は900件を超えた。被害はタイ全土に及んでいる。
「同僚に頼まれて口座を開いた」という言い分
取り調べに対し、サノン容疑者は自らを名義貸しの被害者だと主張している。2568年(2025年)末ごろ、職場の同僚からオンライン口座を開設してほしいと頼まれ、悪用されるのではないかと不安を感じながらも渋々応じた。その後、同僚は連絡が取れなくなった――というのが本人の説明だ。
捜査関係者は「口座を貸した時点で、犯罪の道具を渡したことになる」と説明する。タイでは他人名義の銀行口座、いわゆる「バンチー・マー(ラバ口座)」の売買が詐欺グループの生命線になっており、当局が繰り返し警告してきた領域でもある。
「知らない相手からの送金依頼を信じないで」
警察は市民に向けて具体的な注意を呼びかけた。「知らない相手からの送金依頼を信じないでほしい。送る前に必ず、本人に直接電話をして確認してください」。被害に遭った場合は、チャット履歴、QRコードの画像、振込明細を保存したうえで速やかに通報するよう求めている。
SNS上では「母がまさに同じ手口でやられた」「子どもの写真を公開設定にしているのが危ない」「4699.99という金額がリアルすぎる」といった趣旨の投稿が相次いだ。
娘の顔写真は、たいてい母親自身がSNSに上げたものである。愛情の記録が、そのまま詐欺の素材になる時代になった。