
タイの首都バンコクと周辺県で9月25〜28日に続いた記録的な大雨で、電気自動車(EV)の浸水被害への懸念が広がっている。タイの主要メディアは浸水したEVの扱い方について注意喚起を相次いで報じ、保険当局や自動車メーカーも支援策を打ち出した。EVの普及が進むタイで、水害と高電圧電池という新たなリスクへの備えが問われている。
バンコクでは48時間で300ミリ近い雨が降り、都は26日、全50区を災害の被災地域に指定した。都によると、27日朝の時点で31の道路が冠水していた。北部のラチャダー通りでは26日朝、裁判所前からラチャヨーティン交差点まで全車線が水没し、数十台の車両がエンジン停止などで立ち往生した。隣接するサムットプラカン県も27日、県内6郡を災害区域に指定した。
EVについて地元紙デイリーニュースは27日、長時間水に漬かったEVは電池内部の短絡で発火や爆発の恐れがあると警告した。米運輸省道路交通安全局(NHTSA)などの指針を引き、浸水した車両は建物から15メートル以上離れた屋外に移すよう求めた。あわせて、電源を入れないこと、充電中ならブレーカーを落としてからケーブルを外すことを挙げた。さらに、煙や異臭、異音、発熱がないか見守り、正規販売店で高電圧系統の点検を受けるよう呼びかけた。
冠水路の走行にも注意が要る。同紙によると、主要車種の電池パックは「IP67」「IP68」の防水規格を満たしている。一方、メーカーが示す走行可能な水深は、BYD「ATTO 3」などで30〜40センチ、米テスラ「モデル3」などで30センチ程度にとどまる。IP67は静かな水に深さ1メートルで30分沈めた状態を想定した実験室の基準で、波や泥、ごみを含む実際の冠水路とは条件が異なると同紙は指摘する。経済紙タンセタキットも、水深は車輪の高さまでを目安に、時速10〜15キロで一定の速度を保って走るよう勧めている。
保険の面では、保険委員会事務局(OIC)のチューチャット事務局長が27日、今回の水害で「最も被害が大きいのは水没した車両」との認識を示した。OICは28日に保険各社と会合を開き、保険金支払いの迅速化やレッカー車の手配、保険料の支払い猶予などを協議する。OICは浸水の深さに応じた5段階の損害目安も公表した。床マットまでなら修理費は8000〜1万バーツ、座席の高さまでなら1万5000〜2万バーツとしている。
EVならではの注意点もある。デイリーニュースは、浸水後に電源を入れて故障を広げると所有者の過失とみなされ、保険金の支払いを拒まれる恐れがあると指摘した。浸水した高さを写真や動画で記録し、車はけん引せず積載車で運ぶよう助言している。損害保険のルーンジャイによると、EVの修理費は同じクラスのガソリン車より平均で約4割高い。
メーカーも対応を急ぐ。中国のEV大手、比亜迪(BYD)は10月31日まで工賃と部品代を3割引きにし、138項目の無料点検を実施する。長城汽車(GWM)は9月28日から12月31日まで3割引きとする。浙江吉利控股集団系の「ZEEKR(ジーカー)」は4割引きを打ち出したが、高電圧電池や駆動モーターなどの主要部品は対象外とした。トヨタ自動車、いすゞ自動車など日系各社も3割引きの支援策を発表している。
浸水した車両の回収にも危険が伴う。27日未明には、サムットプラカン県バンプリー郡で、1.2メートル超の水に沈んだ乗用車をクレーンで引き上げようとしたところ、アームが電線に触れ、作業員と車の所有者の2人が感電死した。
水害に遭ったEVの電池の後始末も課題になる。タイ開発研究所(TDRI)は4月に公表した論考で、浸水したEVの電池を処理する仕組みが整っていないと指摘した。南部ソンクラーなど洪水が多い3県で、登録済みのEVの2割が被災すれば、危険な廃電池が1355トン超出るとの試算を示した。そのうえで、浸水車の競売への参加を許可業者に限ることや、メーカーに回収責任を負わせる「拡大生産者責任(EPR)」の導入を提言している。
今回の大雨では、現時点でEVの発火などの重大事故は報じられていない。ただ、電池の損傷は時間がたってから表に出ることもある。水が引いたあとも所有者と販売店が慎重に点検を続けることが、EV普及を支える信頼の土台になる。